Vol.5.5

「パンクとは、憧れ。”個人的なこと”も”社会的なこと”も綯い交ぜにして歌にしたい。」
最高傑作『ルックアウト』に立って見えた、藪雄太の理念とは。

パンクって言うのは、「筋を通す」ことなんだと、ずっと思ってた。だから、パンクバンドで在り続けるのは殊更難しいのではないかと思っていた。

今思えば、SEVENTEEN AGAiNは異質なバンドだった。

勿論、良い意味で。

ライヴに行っても、彼らだけ違う色を纏っていたし、iPodを開いても、彼らに代われるバンドなんて一つも見当たらなかった。

フロントマンの藪雄太はどこまでも謙虚で、丁寧で、真摯な人物だ。しかし今彼の体内をゆるやかに流れる血液には、先人たちが遺した意志や知恵が彼のDNAと共に溶け合っている。

そんな藪の理念やスタンスは今、まさしくこの「ルックアウト」という最高傑作を装置に、然るべき場所へと届こうとしている。

「情報過多の現代において、」が枕詞の説教なんてもう見飽きてるだろう?

明日からは自分で観て、聴いて、感じて、考えて。価値を、世界に色を付けてみる。

この「ルックアウト」という作品は、その助けになってくれるはず。

ひどく見晴らしの良い丘にたち、ゆるやかに流れる人混みを傍目に、そう思った。

text&photo 松尾紀(松尾企画)

 

松尾 紀(以下、松尾):今日は貴重なお時間をいただいて、ありがとうございます。昨年のイベント以来ですので、約一年ぶりですね。

ヤブユウタ(以下、ヤブ):そうですね。

松尾:もともとヤブさんは自分の中で色んなことをはっきりさせないと、それを外に出されないお方だということは思っていたので、アルバムの完成に周りは全く不安は無かったと思いますが。実際聴かせていただきまして、これは素晴らしいアルバムを作ってしまいましたね。

ヤブ:ありがとうございます!

松尾:前作『スズキ』から、約2年の間を開けてのリリースになったわけですが、どうでしょう、ヤブさん自体、もしくはセブンティーンにとって大きな出来事などあったでしょうか?

ヤブ:大きな出来事ですか…ないですね(笑) スズキを出す前にメンバーが変わって、そこから気持ち的にも新鮮な気持ちになって。その気持ちのまま今回アルバムが作れたっていうのが率直な気持ちです。どっちかっていうとスズキは「新しいバンドを初めて、デモテープを作った」みたいなテンションで作ったんですよ。

松尾:なるほど

ヤブ:そして、今回の作品は「やっとファーストアルバムが作れた」っていう気持ちです、個人的には。

松尾:それでは、その前の『少数の脅威』や『FUCK FOREVER』を作られた時とはまたテンションは違う感じで?

ヤブ:違いますね。それまで4人でやっていた時にやりたかったことは、僕の中では『少数の脅威』で完結していて。

松尾:その『少数の脅威』というアルバムを作られた時に、かなりの体力を使われたということで、今作はそれよりも曲数的には減っているわけですが、体力的な面ではどうですか?

ヤブ:全然体力使ってないです(笑) 実際アルバムに入れた曲は10曲なんですけど、実は完成していたのは20曲くらいあったんです。それくらいストックがある中で、アルバムとして一番ベストな「聴いてもらいたいパッケージング」として今回10曲選んだという感じです。なのであるものを全部出したというより、いろいろある中で一つ筋が通ったアルバムにできる曲だけ選んで収録したという感じですね。

松尾:その10曲を選んだ基準っていうのはどこにあるんですか?

ヤブ:単純にいい曲だと思ったっていうのと、ある程度軸になる曲っていうのがアルバムの中にあって、その中で曲がもっと鮮明になるものを選びました。「どういうことなのかな」っていうのがもうちょっと広がりを出せるというか。

松尾:なるほど、削ぎ落とした、という感覚ですね。

ヤブ:そうですね。レコーディングをする前に引き算をすごくしました。最初はできるだけたくさん曲をアルバムに入れようかっていう話もあったんですけど。「いるか、これ?」っていう話をかなりして、そしたら10曲になってました。

松尾:先ほど「軸になる曲」というお話をされていたんですが、その一つは間違いなく「戦争は終わりにしよう」だと思ったんです。この曲が完成した際に、藪さんは確かな手応えを感じられていたようですが、それはアルバム制作に繋がりましたか?

ヤブ:そうですね。これが去年できたので、ここから「もうアルバムはできるな」と思っていて。

松尾:「ルックアウト」の音楽的な話に移ると、細かいことは知識不足で未知数なのですが、前作より「音が太いな」という印象を受けましたが?

ヤブ:その着眼点は結構狙い通りで、太いなっていうのはまさにそうだと思います。そこを意識しました。

松尾:「理想の音作り」っていうものに藪さんは結構こだわっていらっしゃって、『少数の脅威』の時なんてミックスまでご自身でやられたじゃないですか。

ヤブ:そうですね。

松尾:今回は理想の音作り、無事にできましたか?

ヤブ:その都度自分のベストは尽くしているんですけど、今の自分のベストは出せましたね。

松尾:「音を太くする」以外に意識していたこととかは、ありますか?

ヤブ:ちょっと遡った話をすると、KiliKiliVilla(SEVENTEEN AGAiNの所属するレーベル)の安孫子さん(KiliKiliVilla代表)が、当時銀杏BOYZをやっていた時に、自分のアルバムを全部自分でミックスして、作っていたんですよ。ちょうどその時、僕らは『FUCK FOREVER』を作っている時期で、その時に仲良くなりました。それで当時はよく安孫子さんが作業していた事務所に行って僕らの音源とかも聴いてもらって、音質についていろいろと話をしていたんです。この頃に、自分で宅録をするとかミックスをするっていう発想が生まれて。

松尾:はい。

ヤブ:‪銀杏BOYZ‪のファーストアルバムは、当時音質としてずば抜けて異質だったと思うんです。今サブスクとかYouTubeとかで聞くとわかんないんですけど、圧倒的に音量がデカかったんです。

松尾:本当にそうですよね…

ヤブ:そのアルバムの登場を境に、日本のバンドサウンドの音量・音圧っていうものが劇的に変わったんです。多分日本でパンクやロックをやっている人たちにとってあの音像・音質っていうのは衝撃的なものだったんです。それはもちろん、本人たちも意図してそれを作っていて、そういうこともあって安孫子さんは自分でミックスもしてたりとか、研究もしていて。そこで色々と勉強させてもらったんです。でもそれをそっくりそのまま真似するんじゃなくて、どうやって自分たちの音楽に落としこもうかっていう勉強と実験みたいなものを、『少数の脅威』まで繰り返していて、その完成形が『少数の脅威』だったんですけど。

松尾:なるほど。

ヤブ:で、現代の話になって、去年アジカン(‪ASIAN KUNG-FU GENERATION)がアルバム出したじゃないですか。

松尾:『ホームタウン』ですよね。

ヤブ:そうです。ゴッチさん(後藤正文さん。‪ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカルギターを務める。)は低音域の話をインタビューの中でもよくしていて。それは僕のなかで、これだけ音質に新しい視点やこだわりを、情熱を持って作った作品というのは‪銀杏BOYZのファースト以来なんじゃないかって思ったんです。

松尾:各方面で、音質が絶賛されていたのはよく見かけましたね。

ヤブ:音質とか音像に対して「新しい価値観を持ち込む」という挑戦は、音量感や音圧を限界まで上げる、という流れや、リバーブやコーラスの空間系を多用する流れがあったりしましたけど、それ以来ほとんどなかったと思うんです。
だから凄い面白くて刺激的だと思っていて。
僕の中で低音域の音作りってずっと苦手意識があったんです。そこを改めて向き合うきっかけになって。作り終わった今となっては「ここ、もうちょっとこうできたな」みたいな部分はあるんですけど、作ってきた中ではベストなものができたかな、と思います。

松尾:銀杏や、アジカンが、藪さんが発想・挑戦する上で刺激を与えてくれていたんですね。

ヤブ:そうですね。

松尾:音作りの話になると、betcover!!というバンドがいて、そのフロントマンのヤナセ君も音にこだわっていて。「そもそも日本人はあんまり音楽を聴いていないんじゃないか。」「日本の音響設備では海外と比べて限界がある」という話を彼はしていて。それでも彼は理想の音作りを実現させたいっていうのを一年前から語っていたんですよ。今「音作り」にこだわっているバンドって周りにいますか?

ヤブ:みんなこだわりはあると思うんです。だけど、それがどれくらい鮮明なのかっていう差はあると思います。
それは、様々な音楽の聴いている量や、音作りをするのに必要な知識量にみんな差があるので、しっかり音のイメージを自分の音源に落とし込むことができているかはわからないです。それをうまくコントロールできる人はもしかしたら少ないのかもしれないですね。

松尾:「コントロール」?

ヤブ:「こういう音が作りたい」というイメージを、どれだけ自分でコントロールして、具現化する事が出来るのかという事だと思います。
例えばすごい好きなバンドがいたとして、でもどうやったらその音を作れるかがわからなくて苦戦するんです。
どうやったら自分の作る音にこの感じを持ち込む事ができるんだろうか、っていう。そういうビジョンをみんな持っていると思うんです、各々好きな音楽があると思うので。ただそこに向けて、どう向かえばいいのかっていうのが、その人の様々な知識量によって変わってくると思うんです。他にも色々要素はあると思うんですけど。

松尾:なるほど。『スズキ』というアルバムも、僕は素晴らしい作品だと思っていて、ノイズが減ったり、音像の雰囲気が変化したことでSEVENTEEN AGAiNの音楽が幅広い層に広がっていく可能性が増えたのかなと思っていて。藪さんはこの『スズキ』というアルバムを出された時に、「引き算の美学に気づいた」「削ぎ落としていった分、クリアーになったとおっしゃっていて。今回もその流れは確実に受け継がれているような気はします。

ヤブ:そうですね、その通りかなあ。単純に三人なので、これ以上音数を増やせないなっていうのはあるんですよね。ライブで音源の再現がどんどんできなくなってしまうから。発想の中ではいろんな音をもうちょっと足せるんですけど、個人的には「少ない音像でどれだけできるのか」っていうのが今はやってて楽しいんです。「少ない音数でもカッコいいことってできるんだ」っていう価値観が、すごい周知されるようになってきた気もするんですよね。ここ数年で特に。

松尾:それはどういうことですかね。

ヤブ:例えばビリーアイリッシュのアルバムはめちゃめちゃ音数が少ない。デビューしたばかりの17歳の女の子がコーチェラでトリをやるくらい人気がありますよね。
ビリーアイリッシュのキャラクターやアイデンティティの強さや、プロモーションの仕方とかも勿論関係してると思うんですけど、あのサウンドが全世界の大衆に受け入れられるという事は、少し前までの感覚ではあり得なかったと思うんです。時代を経て発信する側も、それを受け取る側も更新され続けて、多くの人に伝わるようになったんですかね。

松尾:それは「無意識的に」ですかね?

ヤブ:蓄積されていったものかもしれないですね。そういうものはもともと脈々とあって。それがどのタイミングで大勢の人の目に止まるのかっていうのは誰にもわからなかったりするじゃないですか。そういうのでいうと、最近一番好きなバンドっていうか人でスティーブレイシーっという人がいて、彼はThe Internetっていうバンドのギターなんですけど、自分でソロのアルバムを出してて。それがすごい独特で。
その人がソロで曲を出したのが2015年くらいからで。
彼自身はR&B畑側にいる人だと思うんですけど、多分マックデマルコだったりに影響を受けていて、そのインディ的感覚をR&Bに落とし込めている。
いま彼らは共作とかもしていて、そういうものがクロスオーバーして、脈々と続いて変化していく面白さみたいものは凄い刺激的だと思ったりします。

松尾: 僕は今回のセブンティーンのアルバムをパンクバンドのアルバムだと思っているんですけど、今パンクバンドがこのサウンドのアルバムを作られたのと同じ流れを感じますね。
そもそもこのアルバムってどれくらいの期間をかけて制作されていますかね。

ヤブ:それはレコーディングですか?曲作りからですか?

松尾:では曲作りからで

ヤブ:シングル作ったあとなんで、一年くらいですかね。

松尾:「ルックアウト」の制作過程で印象深かったエピソードを教えていただきたいです。

ヤブ:あんまりないんですよね…アルバム作ろうと思って、スッと自然と作れたので。そういう気持ちでアルバムってあんまり今まで作れたことなかったので。

松尾:フラットな雰囲気で作れたということでしょうか?

ヤブ:そうですね。

松尾:『スズキ』の時はフラットではなかったんですか?

ヤブ:フラットとも違うんですよね。『スズキ』の時はやっぱり3人になって初めての勢いがあって。一応『スズキ』の時はフルアルバムを作る前提で制作していなくて、とりあえず「何か音源作ろうか」っていう軽い気持ちで作っていて、気負いもなかったんですよね。

松尾:再録もありますしね。

ヤブ:はい。名刺代わりというか。「三人になって、こういう感じです」みたいなのを作ろうっていうことで。だからデモテープを作るみたいなテンションでした。今回はフルアルバムの前提で作っているので。

松尾:じゃあその二枚では制作に入る段階でまずテンションが異なっていたんですね。

ヤブ:そうなんですよ。いつもだと気負いがあるんですけど、今回はそれがなかった。それが前作までと違うところですかね。「もういいのできるだろうな」って思えてた、気負わなくても。レコーディングも三日とかで終わったんですよ、全部含めて。『少数の脅威』なんてそもそもレコーディング期間だけで一年近くあったので。それだけあの時は追い込んでましたね。それを考えると今までとだいぶ違うなあと思いますね。

松尾:本当のパンクバンドってメロディがいいなって思うんですよ。SEVENTEEN AGAiNは昔からグッとくるメロディを作るのが上手くて。今作は、音数を少なくしたり、所謂ノイズが全く無い分、メロディの良さが際立っていますね。

ヤブ:今までも僕の中ではノイズ、つまり「聴きづらさ」っていうのはあまり意図していなくて。これが自分の中では一番聴きやすくて、他人が聞いてもギリギリ聴きやすいかな…?というバランスを考えていたりもして。
ノイズって『少数の脅威』とかですよね?

松尾:そうですね。

ヤブ:そこも全部考えていたんですよね。「ギリギリ聴きやすい音にしよう」って。でもやっぱり今おっしゃっていたように、メロディと歌詞っていうのが主軸にありたいんですよ。どういうサウンドだとしても。そこが埋もれないようにしようっていうのは常々思っていることで、でも耳障りがアルバムによって違うと思うんですけど「どのアルバムもメロディがいい」って言ってもらえているなら、それはできているのかなと思います。

松尾:ヤブさんは、押し付けないように自分の意見を表現されるのが上手いなあと思っていて。

ヤブ:それ嬉しいですね。

松尾:「戦争を終わりにしよう」もいわゆる「反戦!」というのが全面に出ているわけではなくて。じゃあ今伝えたい「モード」ってなんなんですか?

ヤブ:基本的に伝えたいことはあんまりないんですよね。今おっしゃってた「押し付けがましくない」と思ってもらえるのはすごくありがたいことで。今まで書いた曲の歌詞で、「誰かに何かを押し付けたい」とか「こうあってほしい・あるべきだ」という他者に対するメッセージを書いている歌はないんです。自分自身の中で色々な事をちゃんと腑に落としているというか、「こうあったほうがいいよな、俺は」というスタンスで歌っているんです。けれど真逆のことを思われていることの方がおそらく多くて、「押し付けがましい」とか「圧が強いんじゃないか」とか思われている方が多いような気がして。でも個人的には、それは俺が勘違いされちゃっているんだろうなあという思いが常々あります。だから松尾くんがそう言ってくれるのは嬉しいし、「こう聴いてもらいたいな」っていう風に聞いてもらえてますね。

松尾:SEVENTEEN AGAiNのアルバムは、振り返ってみてもすべてが異なる色が出ていて、所謂「こういう音楽性」というのを定めにくいように感じられるのですが、それでも僕はファーストを聴いても、今作を聴いても「SEVENTEEN AGAiNだ」と思えるーーーつまり「別の人物だ」とならないんですよ。そこにはセブンティーンの大切にしていること、所謂「芯」のようなものが存在しているのかな、と。「ここからはブレちゃダメだ」という線引きなどはされていますか?

ヤブ:そうですね。「自分が好きじゃないことはやらない」ということだけじゃないですかね。好きじゃないこと、嫌いなこと、やりたくないことも、実はそんなにないんですけど。
そのかわり好きな音楽は沢山あって、それを自分でもやりたい、という欲求からそうなったんじゃないですかね。

松尾:なるほど。僕はカクバリズム(音楽レーベル)の角張さん(カクバリズム代表)とヤブさんに近いものを感じていたんですよ。目指しているものに。そうしたら、お二人ともルーツが西荻WATTS(西荻窪に存在したライブハウス。2005年閉店。)にあって。角張さんはもっと外に広げていたいと思ってる方で、昔パンクの畑で培った「ダサいことはやらない」っていう。要するに「自分でかっこいいと思うことは大事にしていきたい」という精神があって。お二人もそういうところで似ているのかなって。

ヤブ:角張さんは僕らの時代にとっての一種のレジェンドみたいな人でしたね。安孫子さんと角張さんはステフィンレコードっていうレーベルをやっていたんですけど、そこから学ぶものは大きかったです。そのレーベルのイベントに、うちのベースのロッキーくんもよく行ってて。だから僕らはそこでいろんなバンドを知って、学んで、「自分たちのバンドをやろう!」となった世代なんです。
そこからアティチュードを学んだ側面も多いですね。

松尾:新譜の話からはやや逸れますが、「リプレイスメンツ」などのイベントもそうですが、SEVENTEEN AGAiN、ひいては藪雄太の理念のようなものは、僕はこの時代に、社会に強く求められているような気がするんです。
これは最初が2017年3月から、ずっと「投げ銭制」で行われてて、投げ銭制って実はすごく難しいことですよね。「最悪タダでも見れるよ」ってことではなくて、「自分の目で見て、感じたものに価値をきちんとつけようぜ」ってことだと思って。

ヤブ:そうですね。

松尾:なんで投げ銭制にこだわったんですか?

ヤブ:最初に駒澤大学でやる時に、駒大の人に「チケット代を取るシステムでは出来ないかもしれないです」と言われたんですね。それで「じゃあ投げ銭だったらどうですか?」って聞いたら、許可が出てそこから始まったんです。
だから何か確固たる理念があって始めたっていうよりは、なりゆきでスタートしたんですよね。今松尾くんが言った通りで、バンドキャンプなんかも投げ銭制で音楽が聴けますよね。
たまに投げ銭をやる時に「観てから投げ銭してもいいですか?」と聞かれる事があるんですけど。

松尾:ほう。

ヤブ:例えば映画やCDも、それを得るために払う対価があるじゃないですか。それって俺は、期待値に対して対価を払っているという感覚なんです。

松尾:なるほど

ヤブ:例えば、旅行は旅行中よりも、旅行に行くまでの間、それを楽しみにしている時間の方が楽しかったりすることありませんか?ある意味、旅行は、旅行に行く事が決まった時から始まってるんですよね。体験することだったり、それを実際に手に入れるまでの間の期待値に対しても、俺はお金を払っている側面もあるんだよな、っと思う事が良くあって、そういうものでもいいのかなと思って。
「投げ銭」って今松尾くんがおっしゃったみたいに、簡単なことじゃないんです。ベイホールでやる時は100何十万円赤字になる可能性を孕んでたので。その覚悟が必要だったんです。けれどたくさんの人に見て欲しいし、できるだけ軽い足取りで来て欲しかったので、ベイホールでも投げ銭でやってみました。
それに投げ銭だと漠然としてますけど、スリリングで楽しそうかも、みたいな感覚もありますね。予約も取らないから「10人くらいしか来なかったらどうしよう…」って毎回本気で思ったりしてて。そういうのをやってる本人たちも楽しんでるので、いいのかなと(笑)

松尾:実際投げ銭制ってお金集まるんですか?

ヤブ:ありがたいことに赤字になったことはないです。本当にありがたい話ですけど。

松尾:ベイホールの時も?

ヤブ:ベイホールの時もですね。ベイホールの時は身銭切る覚悟でやったんですけど。関わってくれたバンドやスタッフの方々にもキッチリ提示された出演費や御礼を渡して、もちろん箱代も払って。それでも本当にありがたいことに赤字にはなってないです。だけど、決して儲かるわけでは全くないです。

松尾:そうだったんですか。それはイベントをやっていく上で夢のあるエピソードですね。

ヤブ:でも、安易な気持ちでやったら絶対赤字になるなって俺は思っているので、然るべき時にしかやらないです。逆にそれだけ、その時は気合が入ってることが伝わってくれればいいですね。
ベイホールの時は一年近く前から準備してたんですよね。
それくらいの気持ちでやらないと成功しないんじゃないかなと思います。

松尾:なんで駒澤大学から始まったんですか?

ヤブ:一回駒大の文化祭みたいなのに呼んでもらったことがあって。その時に主催してた子が、駒大の中の電気美術研究会というサークルがあって、それは野外とかいろんな場所でステージを一から組んで照明・音響・配線含めて全部構築できるぞっていうサークルで。学校の中だけじゃなくていろんな企業とか団体とかのオファーを受けて一から十まで全部できるサークルなんですけど。その人たちに呼んでいただいて、終わった後「よかったらまたSEVENTEEN AGAiN主催でやりませんか?」というお話をいただいて、面白そうだなと思ってやったのが一回目なんですよね。

松尾:なるほど

ヤブ:それも巡り合わせでたまたま。いろんな運が重なったんですね。

松尾:藪さんを見てて思うんですが、本当に腰が低いといいますか、ライブ中にきちんとPAさんに感謝を述べたりと、常に謙虚でいる姿勢を感じて。それは会場の人間とイーブンな関係であることを彷彿とさせる「投げ銭制」につながる点もあるかなと思っています。

ヤブ:普段からそうなんですよね。今敬語じゃないですか、俺。仕事している時も基本そんな感じです。最近会社に入ってきた女の子がいて。年下で、俺が上司的な立場にあるのに、敬語使ってしまうんですよね。だから単純に癖なんですね、特に意識しているわけではなくて。

松尾:それは昔から培われたものですね。

ヤブ:多分そうですね。だから、フラットなんですよね、気持ち的にこの感じの方が。タメ語で話した方がかえって違和感を感じちゃうというか。

松尾:中々いないですよ(笑)特にバンドをやってる人で、藪さんみたいな人は。それは仕事をしながら音楽をやられているということも大きいんでしょうか。

ヤブ:どうなんですかね。自分が刺激を受けてきたシーンの影響なのかもしれないですけど。
パンクって上下関係とかが基本的にはなくて、誰にでもフラットに接するべきだというアイデンティティがあると俺は思ってて。もちろんそれはお互いに敬意を持ってという前提で。
例えば芸人の世界は縦社会だったりする側面もあるじゃないですか。音楽やパンクシーンも、そういうものとなんか似た風に捉えられることもあると思うんですが、真逆であるべきだと思ってて。

松尾:捉えららてしまうのは、音楽の現場が、ですか?

ヤブ:はい。既存の構造は似たようなものになってしまっているのかもしれないですけど。価値観として、俺はそういうピラミッド的な構図が嫌だからパンクが好きなのになって思うんです。そういう構図って普通の会社とか、社会とかと同じだよなって思って。そういうものとはなるべく違う価値観を持ってやりたいっていうのが根底にあるんですよね

松尾:じゃあヤブさんは、パンクの現場に相当影響を受けてきたんですね。

ヤブ:うん、そうっすね。それを「パンク」と呼ぶかどうかは人それぞれだと思うんですけど。そういう発想はいたるところにありますしね。俺はそういうものの方が楽しいと思うし、そういう事がもっと多くの人に広まればいいのになって思うんですよね。

松尾:パンクの現場って仰ったようにフラットな分、才能とか能力とか、「かっこいいかそうじゃないか」っていうのが判断基準になっているのかなって。そういうシンプルなところに僕は逆に惹かれてて。

ヤブ:なるほど。

松尾:今塾でバイトしてて、そこは割と大きい会社で色々言われるんですけど。日本はすごく、「努力してたら結果出なくてもオッケー」とか、「頑張らずに結果出してるやつ」よりは「頑張ってるけど結果出ない」やつの方が讃えられる風潮が確かにあって。まあそういう場所に勤めているのでそれも常々感じているんですけど、すごく違和感なんですよね。努力絶対主義みたいな。だからいつもライブハウスに行くと常にかっこいいものだけが求められていて、人がそれに熱狂しててっていうのが、いろんな人が音楽によっていく原因かなと思いますね。

松尾:ジャケットから曲から、藪さんは「自分の考えていること、思っていることをしっかりイメージに落とし込みたい」と考えてる人だと思うのですが、今回音楽的なこと以外でこだわった事を教えていただきたいです。

ヤブ:ジャケットは毎回気がついたらこだわってますね。何かコンセプトがあるのかって聞かれたら難しいんですけど、『少数の脅威』からセブンティーンらしさをジャケットにも反映できるようになった気がします。

松尾:今回のは机に藪さんが伏せているジャケットで。

ヤブ:ジャケットの表は寝てて、裏は空を見ているんです。これはアルバム一連の流れと同じで。一曲目の歌詞って寝ているところから始まっていて、最後の「記念日」っていう曲で《今日も空を見上げてるよ》っていう一節があって。そこで一曲目と最後がつながっているっていうことになっているんです。

松尾:「ピリオド」の日本語訳は何ですかね?これはいろんな意味に取れると思うので。

ヤブ:いろんな意味に取れるので、「ピリオド」ってタイトルにしています。これが一曲目ってこともそうなんですが、ピリオドって句読点みたいなことじゃないですか。右から見たら終わりで、左から見たらスタートラインじゃないですか。

松尾:まさしくそういう意味なのかなとは思ったんですよ。

ヤブ:色々経て、そこから始まるんだ、っていうのを一曲目にしたかったんですね。

松尾:曲順を見てても、三つに分かれるかなという感じがします

ヤブ:あーーそうですね。

松尾:これは文字の並びも含めて、狙っていましたか?

ヤブ:狙ってたところもあります。曲が全部出揃った時に、「どういう流れにしようか、どうしたら一番意図しているように聞こえる曲順になるかな」と考えて。曲名は後からつけた曲もあるんですけどね。

松尾:「ルックアウト」みたいな曲は今までなかったですね。

ヤブ:そう思ってもらえるなら嬉しいですね。

松尾:ルックアウトはいろんな意味で新鮮かな。と。タイトルにも使われていて。これはどういう邦題にしたいですか?

ヤブ:これも難しいんですよね。「ルックアウト」もいろんな意味があるんです。「眺める」って意味もありますし、「監視する・警戒する」みたいな意味もありますし、「ルックアウト」はそもそも僕が好きなパンクレーベルっていう意味合いもありますし。リプレイスメンツも、リプレイスメンツっていうバンドがいて、と同じことで。

松尾:なるほど。今伝えていことはあんまりないんだってことおっしゃいましたけど。このアルバムを通して藪さんが一番表現したかったことって何ですか?

ヤブ:「戦争を終わりにしよう」なんかもそうで、すごく離れた世界の歌を歌っているように聞こえると思うんでですよね。もちろん現実で起こっていることではあるんですが、かといってそれを身近に感じない人もたくさんいて、この曲を綺麗事だと解釈する人もたくさんいて。一つの言葉だけとっても受け取る人の感想ってたくさんあると思うんですよね。

松尾:それでも、このタイトルなんですよね。

ヤブ:この言い回し方で、このタイトルつけてる人を俺見たことないから、「じゃあやってみよう」っていう実験でもあります。元々戦争や争いは嫌だな、っていう気持ちはみんな根底にあるわけじゃないですか。
歌詞とかタイトルとか含めて。「このニュアンスだったら自分の歌にできる」と思って。アルバムのこの次の曲が「記念日」って曲なんですけど、この歌詞聞いてもらえたら分かるかもしれないですが、すごく対極的なことと、すごく個人的なものって常に表裏一体・隣り合わせで存在していて。
「個人的なこと」と「社会的なこと」、それをどちらも綯い交ぜにして歌にしたいと常々思っているんです。それが「戦争を終わりにしよう」や「記念日」では鮮明にできたかなと思います。

松尾:あ、今すごく納得しました。

ヤブ:そういう一見対極的な事を、ちゃんと個人的な感覚として落とし込んで、自分の歌として歌いたい。誰かに伝えるとかが先に来るのではなく、自分の物語として腑に落ちるものにしたい。そして今作では、それができたかなと思っています。

松尾:なるほど。

ヤブ:だからこれは「誰かにこうあるべきだ」と提示してるわけではなく、自分の中で完結できたというか。一つの歌にできたなという喜びとしか言いようがないですね、それ以上でも以下でもなくて。

松尾:誰かに「これはこうなんだ」と強く訴えるわけでもなく、ですよね。

ヤブ:そういうのは全くないですね。何ですかね、ジブリみたいなもんなんですよ(笑)ジブリが何か作品の中で直接的に何かを訴えかけたものはないと思ってて。でも全部根幹にそういう態度が感じ取れると思うんですよね。メッセージとかではなく、アティチュードというか。しっかりとした根幹があるから、俺はジブリ作品が好きで。そういうものを俺も作りたいですね。

松尾:なるほど。今の話で僕がルックアウトを聞いて頭の中をぐるぐるしていたものが腑に落ちた気がします。

松尾:今、確実にSEVENTEEN AGAiNやNOT WONK(KiliKiliVilla所属のロックバンド)の周りで何かが起きているという感覚はあって。こういう音楽にちゃんと人が熱狂できるのって、意味があると思うんです。
僕がやりたいことは、Mステに出ているような音楽だけしか聴かない人・そもそも音楽自体興味ない人にも僕らが効くような音楽に興味ある人は絶対にいて、そこのうまい架け橋になりたいということなんですが。
リプレイスメンツだったり、ツアーだったり…規模の大小に関わらず、SEVENTEEN AGAiNのやることには時代と照らし合わせた時に意味があって、それは藪さんが昔ゴイステやアジカンがやっていたことをしっかり吸収して、今に消化しているからだと思うんですが。ー僕もその一員ですがー「こういうカッコいい人のやることを俺たち若い奴がちゃんと受け継いでいかなきゃダメなんだ」という意識は、着実にSEVENTEEN AGAiNより一回り下の世代にあるような気がします。

ヤブ:別に何も受け継がなくていいと俺は思ってますよ笑。今の方が圧倒的に面白いことをやってる人が多くなった気がします。
「すごい!」って素直に思える人が増えましたね。
それこそTeenager Kick Assを見てても面白いなあと思いますし、Teenager Kick Assと一緒にやった時に企画に呼んでくれた、時速36kmもSEで透明雑誌が流れてたんですよ。
透明雑誌は台湾のバンドで。彼らが日本に来た時は一緒にやったり、台湾でも一緒にライブしたりしたバンドなんです。
「おぉ、透明雑誌好きなんだ!」と思うと上がりますよね。しかも、アウトプットしてる音楽は閉じてなくて開かれている。
その感覚って僕らの時代にはあんまりなかった気がするんですよね。閉じてた方がカッコイイ風潮の方が多かった気がします。
Teenager Kick Assの大須賀くんも「この考え方や、自分の好きなものがどれくらい多くの人に伝わるのか」という試みをしている気が俺はしていて。だからすごく面白いなって思ってます。

松尾:Teenager Kick Assも僕らもそうですけど、若い世代からしたらSEVENTEEN AGAINはレジェンドみたいなもので、そういうこと言ってもらえたら嬉しいと思います。みんな一緒にやれると嬉しそうですし。

ヤブ:そんなことはないんですけどね。けどありがたい話です。僕らにとってはLOSTAGEがそんな感じで。安孫子さんは凄く身近な存在ですけど、常々そう思っていますし。

松尾:なるほど。SEVENTEENの周りには僕から見てすごく刺激的な人が集まっていて、刺激的な人がお互い影響を与えあっているようで。それは安孫子さんもおっしゃっていることだと思うんですけど。それがちゃんと色んな人に向かってきているかなって。KiliKiliVillaの理念だったり、SEVENTEENの理念だったりが若い世代にちゃんと伝わっている気がします。

ヤブ:そうですね。たくさんの人に伝わるというのも嬉しいんですが、例えば今回松尾くんが自発的に、僕にインタビューをしたいと思ってくれたわけじゃないですか。
そういう人がいてくれる事が大事だとも思うんです。そういう人が、その時々に一人でもいたら、やってた意味あるなあと思えるいうか。
瞬発的に凄い人気が出るよりも「この人たちは何考えているんだろう」っていう根幹を気にしてくれる人が、セブンティーンにはいつも居てくれたので、それが一番嬉しいし、ありがたいことですね。

松尾:「シュプレヒコール」「NOBODY KNOWS MY SONG」といったパンク調の曲というのは一聴した感じでは無いように思われますが、このアルバムを聴き入ってみると、「これはKiliKiliVillaから出るべきアルバムで、SEVENTEEN AGAINがきちんと歴史をたどって出されたアルバムだな」と思えますね。
もともとa page of punkやfour tomorrowとの出会いが藪さんをパンクに突き動かしたわけですが、この先もずっと「パンクをやりたい」と思われますか?

ヤブ:きっと側から見たら、サウンドとしては結構昔からパンクではないんですよね。「Calling Dark」とか特に全くパンクサウンドじゃないじゃないですか。でも「どういう音楽やってるんですか?」って聞かれたら、俺はずっと「パンクやってます」って言い続けると思います。キリキリも「パンクレーベル」って自分達を形容する時にいうんです。でもキリキリの所属バンドもサウンドの幅すごい広いじゃないですか。だけど「パンクレーベルです」って言うのもそういうことで、自分のルーツはどこなんだ?って言われて、パンクですと。それしか答えようがないんですよね。

松尾:誰にでもフラットっていうのがパンクだっておっしゃいましたけど、最後にお聞きします。藪さんにとって「パンク」・「パンクバンド」っていうのはつまりどういうことですか?

ヤブ:今までの話も全部そうですが、「目指すところ」なんですよね。だから、「そうありたい」「そうなれたらいいのにな」っていうことで。
俺は自分自身がパンクだと思ったことはなくて、でも何をやっているのか・やりたいのかって聞かれたら、やっぱりパンクなんですよね。
だからつまり「憧れ」なんです。多分それは昔からずっとそうなんですけど、こうなりたいっていう目標です。

 

SEVENTEEN AGAiN

 

2019年のパンクバンド

Official Site:https://potekomuzin.com

twitter:https://twitter.com/dakyourecord

 

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