Vol.8

唄は暮らしの中で産まれ落ちる。

親の元を離れ、一人で生活し、誰かを好きになったり、嫌われたり、仕事や夢を始めたり、辞めたり、誰かと結婚し家庭を持ち子供を育てる。そんな日々の生活で摩耗していくであろう感情達が曲になっていく事は多いと思う。そう言う曲が個人的に好きと言うのもあるけれど。

京都という山に囲まれた場所で、樹齢何千年の樹木のように根を張り、音楽という枝葉をゆっくりと伸ばし続けるバンドがいる。名を『bed』。彼等の音楽もまた暮らしの中で産まれ落ち、その音楽達もまた暮らしの中で変化し、別の色の葉を付ける。だが、その根っこは変わらず、揺るがず私達の心に寄り添って在り続けている。

そんな彼等が、十数年苦楽を共にしたインディーズレーベル『3P3B』という地を離れ新たな土地で花を咲かせようとしている。初めて完全自主でリリースされた『right place』。そこに至るまでのバンドの葛藤、もっと自由にと語る『自由』とはなんなのかをvocalとguitarを担当する山口氏に聞いた。

text&photo:オオ=スカ

『CHIIOとかのライブ見てて、あーやっぱりすげぇな、このままじゃ俺ら只の中堅バンドで終わるな、って感じたんよ。俺が。』 山口(bed)

大須賀:bedって活動してどれくらいなんですか?

山口:活動歴は14年。2005年からやから。

大須賀:組んだ時ってお幾つぐらい?

山口:20.21歳ぐらいの時かな。丁度大学卒業するかぐらいの時で。俺は浪人しててたから、ドラム以外のメンバー三人ともまだ学生で。ドラムは専門やったからその時はもう働いてたんやけど、仕事は割と転々としてる感じで。バンド組むって時にちゃんと就職するってなって、俺らは学生やったけどライブは土日だけって感じでやってたね。

大須賀:初めから土日だけだったんすね。1枚目出したのがどれくらいでしたっけ。

山口:最初のシングルは2006年の終わりぐらいで。2008年に最初のアルバム出してるって感じやね。

大須賀:結構かかってるんすね。

山口:うん掛かってる。三年ぐらい掛かったかな。アルバム出すまで。

大須賀:やり始めの頃から、結構がっつりバンドとしてやってこ!って感じだったんですか?バンド的には。

山口:週末にライブして、スタジオは平日に入ってみたいな。まぁその都度メンバーが就職したりで活動がちょっと止まったり、サポートでやったりして。

大須賀:魚頭さん(ex-Z、There Is A Light That Never Goes Out、AS MEIAS、OSRUM等。現在はFIXEDでギターを担当)がベース弾いてらっしゃったりしてた事もありましたよね。


魚頭氏がベースを弾いてる際の、bed『自転車』。

山口:そうそう。ベースがサポートになったの今まで三回ぐらいあって。

大須賀:あ、そんなにあったんですね!一回ぐらいだと思ってました。

山口:そうそう。ベースが就職する時と、市議会議員選挙に出た時があって。その時は一年間それに集中させてくれってことだったから一年間はサポートで。その時に魚頭さんから、誰も居ないんやったら東京のライブは俺にやらせてくれって。丁度良い機会やなってことでお願いしたね。元々、俺とベースの村山と、ギターのジューシーと前のドラムのハルちゃんは別々のバンドやってて、それが合体してみたいな感じやってん。

大須賀:あ、そうなんすね。

山口:丁度各々のバンドのメンバーが抜けるタイミングが同じぐらいで、しょっちゅう一緒にはやってたから一回スタジオ入ってみる?みたいな感じで入ったらええ感じやったから、そのまま続けたって感じかな。

大須賀:お住まいはその時からみんな京都だったんですか?

山口:いや、俺と村山は京都で。ジューシーとハルちゃんは大阪やった。今はみんな大阪やね。

大須賀:そうなんすね。リリースの話すると、bedとしては去年に出した『right place』が3P3B(以下、3P)離れて出した初めての自主音源だったじゃないですか。同時期ぐらいにLOSTAGEがこれまた完全な自主で『In Dreams』出したりがあって。LOSTAGEとかは音楽が基盤であってそれを中心にどんどんメンバー三人の生活も変わっていっているなぁって気はしてるんですけど、逆にbedは生活が基盤になった上でそこに音楽が成り立っているっていうスタイルだなって気はしてて。山口さんのメルマガとか読んでても特に最近の環境の変化は著しくあるだろうなって感じてたんですけど。

山口:ここ最近やったら結婚かな。ベースと今のドラムは去年と今年みたいなスパンで結婚してるから。俺とジューシーはもっと前に結婚してるけど。そういう変化はあったかなー。

大須賀:お仕事ってどれくらいから始めてたんですか?

山口:1st出すぐらいまではまだベースの村山が働いてたぐらいで。ジューシーは大学院行ったりしてたから。アイツも学生が長くて。俺は2009年に就職して、いきなり東京に配属されて。東京で二年間ぐらい働いたんやけどそん時は遠距離バンドで。

大須賀:関西と京都の遠距離で。大変すね…。

山口:でも、そのタイミングで3Pが声掛けてくれて。

大須賀:それって曽根さん(3P3B代表)ですか?

山口:そう。丁度俺が東京に配属決まるぐらいに連絡くれて。

大須賀:その時の3Pってバンドとしては誰が居たんですか?

山口:全然、アスパラ(ASPARAGUS。以下、アスパラ)ぐらいしかパーマメントに活動出来てるバンドは居なくて。一応所属はアスパラとそん時全然やってなかったけどNoshowとか、今動いてないけどBEEFってバンドとか。3Pがやり立てのCAPTAIN HEDGE HOGとかSHORT CIRCUITとかの時代がひとまず終わって、アスパラだけがずっとやってるみたいな。ちょうど10周年とかのタイミングで新人やろうって話になったらしくて、俺らともう二つ新人バンド一気に出します、って流れでもう一回レーベル動き出しますってタイミングで。コンピ出そうみたいな。puliも居たか。


ASPARAGUS『SILLY THING』


NoShow『NOTHING’ AT ALL』


CAPTAIN HEDGE HOG『LEMON』


SHORT CIRCUIT『The letter』

大須賀:そういう流れだったんですね。それは東京のライブとかに曽根さんが見に来てくれたりって感じだったんですか?

山口:いや、曽根さんはそこら辺凄いちゃんとしてるって言うか。まず最初はMyspaceやね。Myspace全盛期やったから。

大須賀:Myspaceだったんすね(笑)

山口:LOSTAGEとかマスドレ(MASS OF THE FERMENTING DREGS)とか、その周辺から掘ってたらしいねん。その周辺でいいバンドおらんかなみたいな。多分LOSTAGEがMyspaceのトップフレンズに俺ら入れてくれてたから偶然聴いてくれて。良かったらしくAmazonですぐ俺らのアルバムも買ってくれてさ。ほんで速攻でメール来たんよ。CAPTAIN HEDGE HOGとかSHORT CIRCUIT大好きだったから3Pの事は当然知ってたし、まじかよ!ってなって。その後にすぐ京都にライブ見に来てくれて。曽根さんが。


MASS OF THE FERMENTING DREGS『New Order』


LOSTAGE『BLUE』

大須賀:わざわざ京都まで。

山口:うん。その日は電車がもう無いからって言ってすぐ帰っちゃってんだけど、その後の東京のライブとか毎回来てくれて。それこそそのタイミングでナイスパ(新宿歌舞伎町にあるライブハウス。新宿Nine Spices。取材当日はNine Spicesでbedがライブだった)でやる事もあったり。で、洋平さん(当時のNine Spices店長)と曽根さんが麻雀友達って繋がりもあったから曽根さんはその時アスパラのライブとかで見に来れなかったんやけど、洋平さんに言伝はしてくれててよろしくって言ってたよーみたいな。そう言う所が義理堅いって言うか。これはホンモノやなって俺らもなって。やろうやってなったね。

大須賀:行動力凄いっすね。3Pはどれくらい居たんですか?

山口:そっからもう10年ぐらい居たなぁ。アルバム3枚ぐらい出してるし。

大須賀:で、去年ぐらいに抜けて。

山口:そう。3Pが20周年のタイミングで、また若いバンドやろうってなってて。最初がCHIIOやったんやけど、俺らも何回か対バンしてて良いバンドやなぁとは思ってて。しばらくしてSaidとかMr.Seasideとかが入って来て。どんどん若いギターロックバンドが増えていって良い感じにレーベルのベクトルがシフトしていったなって言うか。上はアスパラとかNoshowとか相変わらずやってるし。その時に俺らは今以上のペースでバンドをやる事は出来へんし、波はあったとしてもこのペースでどれだけ曲を深くやれるかって益々思ってて。その時にCHIIOとかのライブ見てて、あーやっぱりすげぇな、このままじゃ俺ら只の中堅バンドで終わるな、って感じたんよ。俺が。


CHIIO『Kinetic』


Said『youth』


Mr.Seaside『boys in blue』

大須賀:うお(笑)

山口:埋もれるなぁって。なんかのタイミングで3Pの周年のイベントに呼んでもらった時も出順もそんな感じやってん(笑)

大須賀:若手、中堅、先輩みたいな。

山口:そうそう。そうなるよなぁみたいな(笑)3Pに居る限りは絶対トップはアスパラみたいな感じやし。勿論音楽でやってる人達やから。そうなると中堅になると言うか。あと、俺らとしては細かい音源出したいなぁって思ってたのがあって。四曲入りぐらいの。それを曽根さんに言ったら、今それしんどいかもってなって。枚数もあんまり出ないし、それやったらアルバムまで頑張った方がいいかもなぁって言われて。まぁそれはそうやろなってなったんやけど。

大須賀:俺の世代のバンドとかは逆で。レーベルの人達がアルバム出したがらないんすよね。アルバムって形態のものは売れないからって認識が強くて。ミニアルバムを凄い求めてくるんです。でも、3Pはアルバムを出して欲しいってのは意外っすね。

山口:まぁ時期的な物もあったのかもしれないんやけど。若いバンドとかは敢えて細かいリリースをしてた部分もあったから。店舗限定シングルみたいな。その中で俺らがポンって出してもってのもあったんやと思うし。曽根さんもアルバムは出すなら絶対に10曲入れろってのが強くある人やから、俺らもアルバム取り組むってなったら本腰入れて曲作らないとってのもあるし、ドラムが変わるってのももう決まってたから。それやったら一回メンバー変わるのを機に自分らでやってみる方向にシフトしても良いかなって。

大須賀:あ、そうなんすね。

山口:そうそう。LOSTAGEの動き方とかも間近で見てたし。あそこまでは出来んけど、自分らなりのやり方で自分らぐらいのバンドがあーいう事やってみたらどうなるんやろってのもあって。で曽根さんに『ちょっとこのタイミングで自分らだけでやってみようと思うんです』って言ったんやけど『まぁお前らなら大丈夫やろ、もしもっと若いバンドが今それやりたいって言ったらちょっと待ってって言うけどお前らには地力もあるし』って言ってくれて。むしろ背中押してくれた部分もあって。仲違いした訳でもないし、旧譜は変わらず3Pから売り続けてるし。

『同世代も上の人達もどんどん辞めていって、自分らのやってきたことがちゃんと残せてるんかなってのが見えへんかったんやけど。でも、しぶとく続けていったらこの2、3年で若いバンドが俺らの事好きって言ってくれたり、若い子が見にきてくれたりして。そう言うのも全然あるんやなって。ここ2、3年で目に見えてきたって言うか』山口(bed)

大須賀:バンドのキャリアに繋がる話だとbedって京都を中心に活動してるってところは揺るがないと思うんですけど、それでも各地の面白い若手のバンドを積極的に京都だったりに呼んでる気がしてて。NOT WONKとか。でも、それこそNOT WONKなんて苫小牧のバンドで、ちゃんと呼ぼうって強い意思がない限り呼ばないと思うし。山口さん的に後輩バンドとの繋がり方ってどういうスタンスでやっていきたいんだろうって思って。


NOT WONK『Down the Valley』

山口:そうやね、俺は常に若いバンドで凄い奴って出てくるとは思ってて。そこともガンガンやって行きたいというか。それこそ中堅の仲良いバンド同士でわいわい楽しくやるって感じになったらヤバイなと思ってる。そうなったらすぐやらなくなる。

大須賀:傷の舐め合いじゃないけど。

山口:辞めてく奴の方が多いからさ。散々辞めてく奴も見てきたし。やっぱりこれからの奴らとか、グイグイセンスある若い奴らとかと同じフィールドでやるって事を続けていかないとってのはあって。逆にそう言う子達に呼んでもらえなくなった時に自分らのこれまでやってきた事に意味がないぐらいになるなと思ってる。俺も頻繁にライブに行ける訳じゃないけど、なるだけ気になったバンドはチェックしたりしてるし。

大須賀:じゃあ後輩を育てようって言うよりかは歳とか関係なく対等で在りたいって感じなんすね。

山口:そうそう。逆に京都の後輩とかはフックアップって言ったらやらしいけど、面白いなと思う奴らを普段そこまで若いバンドチェックしてへんけど俺らのライブ来てくれる人とかそう言う人達の前でやらせたいっていうか。俺らって便利な存在で、この前も名古屋で明日、照らすとやった時に言われたんやけど、俺らってサークルの先輩が教えてくれるバンドみたいな感じがあるって言われて。


明日、照らす『僕のコートニー・ラブについて』

大須賀:めちゃめちゃわかります(笑)

山口:その感じやけど全然一緒にやろうぜっていうか。若い子達が『bedって俺たちの事も呼んでくれるんや』ってなってくれたらいいかなって。ベランダとかもそうやし、俺ら企画に呼んでくれるんやみたいな。多分彼らが目指してるところとはちょっと違うかもしれへんけど、ツアーとかで京都大阪とかに行けば俺らの企画にも出れるみたいな存在ではありたいなって思ってて。


ベランダ『エニウェア』

大須賀:それこそこの前のNOT WONKのリリースツアー名古屋編でNITRODAYとスリーマンがあったじゃないですか。NITRODAYは同世代って意味で言ったらわかるけど、bedはそれこそさっき山口さんが言ったような理由で呼んでるんだろうなって感じた部分もあって。確かドラムが変わる最後の企画でbedがNOT WONKを企画に誘ったりしてたじゃないですか。今その話聞いてそこら辺が腑に落ちて。山口さんのpodcastで五味さん(LOSTAGE)は『俺らは憧れられ続けたいから後輩を育てて行きたい』って五味さんは言ってて、山口さんはどうなのかなって。


NITRODAY『ジェット』

山口:俺はそこまでじゃないかな。LOSTAGEとかまで行くとある程度の規模感になってしまってて。兄貴のお店行けば会えるって言うところで若手の受け皿になってはいると思うけど、LOSTAGEってなった時にやっぱりちょっとハードル高いって言うか。正直、LOSTAGEも今は自分んらよりめっちゃ下の誰も知らんようなバンドとか呼んでの企画とかも今やってないし、そう言う感じでもないから。俺らは生活の基盤音楽に置いてるわけじゃないからある種好き放題出来るし、だから俺らはLOSTAGEとかも全然やれるし、もっとこうそこまでまだ行ってへんけどめっちゃええ面白い奴らとかともやりたいし。それこそ京都で客五人ぐらいのライブでも俺らは呼ばれたら全然やるし。そう言うポジションで居れたらええな、折角音楽だけで生活してるわけじゃないんやからもっと自由にって言うか。極端な話集客とか考えないで企画組んだりとかやっていかんと意味ないかなって。勿論集客とかも考えるけどさ。

大須賀:そうなんすね。俺らの世代にbed好きな奴らって多くて。失礼な話かもしれないけど、結構不思議だなと言うか。やっぱり世代も違うし。

山口:最近何かそう言うのが見えてきて。やっぱり辞めんでよかったというか。五年前くらいまではそういうのが本当に無くて。自分らもその頃はあんまり歳下とかとはやってなくて同世代とか先輩とかと対バンしたり呼んだりをずっとしてて。でも、同世代も上の人達もどんどん辞めていって、自分らのやってきたことがちゃんと残せてるんかなってのが見えへんかったんやけど。でもしぶとく続けていったら、この2、3年で若いバンドが俺らの事好きって言ってくれたり若い子が見にきてくれたりして。そう言うのも全然あるんやなって。ここ2、3年で目に見えてきたって言うか。

大須賀:そう言うのって今までは無かったんですか?

山口:どうなんやろなぁ。バンドやり始めた時から歳上の人達に可愛がってもらうパターンが多かったから。下の世代に俺らってどうなんやろって思ってたよ。

大須賀:それこそブッチャーズとかどう言う感じで仲良くなったんですか?


bloodthirsty butcers『デストロイヤー』

山口:ひたすら憧れてて、対バンした時に夢叶ったって感じで。そこから仲良くなったね。

大須賀:最初ってなんだったんですか?ブッチャーズのツアーとか?

山口:いや、そん時FLUIDって言う京都METROの店長やってた人のバンドがおって。その人もブッチャーズ大好きでずっと呼びたいって言ってて、いよいよ機は熟した!って時があったらしくて。ギャラもひょっとしたら赤字になるかもしれんけど、もう行くわ!みたいな。そん時に俺ら呼んでくれて。俺らにその人がブッチャーズの遺伝子を感じとってくれてて、お前らはやらなあかん!って呼んでくれて。それまでもDO IT(山形酒田で行われる伝説的DIYフェス)とかで対バンしたりした事はあったけど、ステージとか全然違うし。toddleとかも対バンした事はあったけど、全然話した事なくて。それでその時に対バンして、吉村さんがその日のライブのMCで俺らの話結構してくれてTwitterにも書いてくれたりして、そっからが転機って感じかなぁ。


FLUID『I Catch』


toddle『shimmer』

大須賀:その後対バンあったりは結構したんですか?

山口:その後広島で一回やって、吉村さんのソロとも2回ぐらい一緒にやって。俺らが吉祥寺でライブする時とかは見に来てくれたり。『今度は俺らが呼んでやるよ』って言われたまま亡くなってしまって。結局、俺らは呼ばれた事ないから。それはずっと心残りではあるかな。

『それこそ1st2ndみたいな曲を今作れって言われても無理って言うか。その時々の自分らのドキュメントやから、今そう言う『ぽい曲』作ろうとしても『ぽい曲』にしかならんって言うか』山口(bed)

大須賀:仕事に就いた前と後って話になるんすけど、mouse on the keysの川崎さんがLITEの武田さんのトークイベントで仕事をしているバンドマン達に向けて話した事をまとめた記事があってそれが結構面白くて。その時に自分はまだ仕事に就いた事は無いし、就く前と就いた後で作る音楽はどう変わったのかなって思ったんですよね。


mouse on the keys『最後の晩餐』


LITE『Bond』

山口:そうやなぁ。最初の頃、就職したての頃とかは一番中途半端やったかも。バランス難しいし、バンドやりたいって気持ちはずっとあって、でも物理的な時間は減る。しかも俺東京におったから、そもそも月一回集まるかぐらいになってきて。ライブ入れてライブ前にスタジオ入ってライブするみたいになってきてたりして。そん時はやっぱりヒリついてたなと思う。そん時やからこそ作れへん曲とかもあったと思うけど、今思うとあんまりよろしくない、バンドの状態もやっぱりよろしくない、って状態で。でも、段々色々わかってくると言うか。やり始めた頃は『もっともっと』ってなるけど、『これに時間使えるのはここまでやな』って割り振りれるようになってきたりして、仕事も5年6年やってると自分の時間の使い方もわかってくるから、そこからはむしろ音楽に対しての純度とかは昔に比べて上がってる気はする。

大須賀:やっぱり歌詞とか変わったりしたんですか?

山口:歌詞はやっぱり変わるなぁ。ヒリヒリした感情とかはやっぱり無くなって行って、もうちょっと大きな事に目が向いてくると言うか。結婚して子供産まれたりしてからとかは余計に変わったり。俺らはそう言う事はダイレクトに唄ったりはしないけど、次の世代に向けたというか自分が主人公じゃなくなる瞬間とかは出て来てると思う。

大須賀:山口さんが『right place』のセルフライナーノーツで『no idea』の歌詞について『自分と傍観者ってテーマが一貫してあります』って書いてらっしゃったじゃないですか。それ見たときに腑に落ちた感じがあって。そーいう歌詞感って俺らの世代とかは難しいって言うか。NITRODAYのやぎちゃんも言ってたけど、やっぱりどうしても若いし技術も人間的余裕もあんまり無い、就職だったり大学とかでバンド辞める奴は辞めていったり、一番ヒリヒリする時期ではあるとは思って。bedのような音楽を素直に出すってのは難しい、でもそれを出したいって欲求もあるから、どうしたもんかなってのはあって。

山口:でも俺らもやっぱり段々となってった感じやで。最初の頃に今みたいな曲絶対作れなかったし、20代前半、半ばぐらいにしか出来へんかった事も絶対あるから。それこそ1st2ndみたいな曲を今作れって言われても無理って言うか。その時々の自分らのドキュメントやから、今そう言う『ぽい曲』作ろうとしても『ぽい曲』にしかならんって言うか。

大須賀:純度が低い?

山口:リアルじゃないって言うか。自分らはもうそう言うのじゃなく、その時々で自分らが一番しっくりくる音像でやってるから。1stの曲やってとか、みたいな曲作ってとか言われる事もあるけど無理なんやと思う。作ろうとしても出てこーへんし、グッと来る響きじゃなくなってるって言うか。その曲を演奏することには何のあれもないけど、作るってなった時にその響きにグッと来るものがあるから曲になっていくわけで。そう言う響きっていうのは、ほんま歳を重ねるにつれて変わってゆくというか、20代半ば、30差し掛かる頃、で今、ってパッて音だけ聞くとわからんかもしれんけど自然と変遷がある気はしてて。だから逆に就職したての頃は働きながら音楽する!ってのを意識しまくってたかもしれん。今はもうそういう事も考えてないしなるようになるやろ、辞めさえしなければその時々に自分らのしっくり来るものにはなると思うし。みんな子供も産まれたりして来年になったら一年に一回しかライブ出来ないってなるかもしれんけど、そうなったらそん時にどうやろうか考えればいいかなって。

大須賀:何かのインタビューでも読んだんすけど、前まではセッション形式で曲作ってたけど今は弾き語りが基本の形に曲作りが変わって行ったって言ってらしたじゃないですか。それでアルバム聴き比べたら結構変わってるなぁって感覚はあって。

山口:物理的にスタジオに入る回数も昔ほど入れへんから、セッションでゼロから作れるモノってのは2ndぐらいまでである程度やりきってて。勿論基本は誰かの持ってくるアイデアに対してのセッションなんやけど、昔はなんもない状態から誰かが弾き始めてみんなも弾き始めてって感じで作ってたけど、週一回入れるかどうか三時間ぐらいしか入れへん中で完成する時間とか考えたらもっと時間有効活用しようって。だから、昔は毎週スタジオ入れへんって思って焦っててん。けど今はそのスタジオ入れてない間で新曲のアイデアとか練れば良いかな、ってちょっとおおらかに考えられてて。週二回とか入ってるバンドの演奏力には勝てないし、ライブ見た時にすげぇなってはなるけど俺らは今からそこに行くことはできないから俺らは俺らのスタンスでやれればいいかなって言うか。

大須賀:曲作りだと、初期から『唄』が核となっている感じだったんですか?

山口:いや、それもでもほんま2ndくらいからやで。やっぱり最初はFUGAZIとか好きやったから、サウンドありきでギターの絡みとかリズムとか考えてたし、そこにぶっきらぼうな唄が乗っかってくるみたいな感じがかっこいいって思ってたから。それこそブッチャーズとかと対バンするようになってからやっぱりちゃんと唄に向き合わないとなって思ったね。


FUGAZI『Shut the Door』

大須賀:結構bedって、楽器全部にメロディーがあって唄っているような、そこが素晴らしくて。さらにそれが全部絡み合ってる。だからライブ見たときに凄い緻密な構成でやってるのかなってのはあって。

山口:それは本当に天然やな。勿論一曲出来るまでの、みんなが納得できるところまで着地出来るまでの時間はとても掛かるけど、でも、誰か一人がこうしてこうしてって言うよりは割と各々が考えた事を組み立てて行ってるって感じやから。

大須賀:コンセプトのあるものを作るってよりは、その都度みんなの思ってる音像を集めてって感じなんすね。

山口:そうそう。各々の特徴は当然あって、最終的には俺たちの感じになるんかなーってのはわかって来てると思う。

『若い世代の子達とかもさ。今の時代なんかあったらすぐ掬い上げてくれる場所いっぱいあんのに、どこにも入れへんって思ってしまうかもしれんけどそんなんすぐ変わるから。辛抱強くやれよっていうか辞めたら終わりやから』山口(bed)

大須賀:次回作の構想とかってあるんですか?

山口:あるある。次はアルバムを出したくて。自主で。

大須賀:アルバムを自主で出したことはまだ無いですもんね。

山口:次やるならアルバムやなってのはあって。自分らでやって直販だけで。直接やってくれるお店には置いてもらおうと思ってるけど。曲とかも作ってるよ、まだ構想の段階やけどね。次はもっと唄をフォーカスしたいなってのは思ってる。

大須賀:どんどん唄に。

山口:うん。フォーキーになるとかじゃ無いけど、もっと唄に対して強く意識を持てたらなとは思ってて。

大須賀:bedの音楽って、ちゃんと地に足付いてて根付いてる音楽だなって思うんですよ。そう言うバンドって同世代だと少なく感じる。でも、突然少年のARAYAさんがそんな事はないよって言ってて。沢山まだそう言うバンドいるよって。それこそNOT WONKとか。彼らはメジャーデビューしても未だに苫小牧って土地で戦ってるし。

山口:そうやね。ほんまやり方も多種多様になって来てるし、それこそ先週のNOT WONKとかもそうやけど(取材の一週間前にbedはNOT WONKのリリースツアー名古屋編にNITRODAYと共に参加した)、苫小牧に居てるけど毎週末ライブをしに来て、メジャーからアルバム出して、でもやってることはそのまんまで。面白いなぁって言うか。

大須賀:そうなんですよね。時代としてはシティーポップがドーンと行って、でもそれが衰退して今何が売れてもおかしくない時代で色んなバンドがボンボン出て来てるなってのは思ってて。逆に時代としては凄い面白い。

山口:面白いね。

大須賀:NOT WONKも最初の頃のアルバムとかはパンキッシュな感じだったけど、新譜はジャズだったりブルースだったりのルーツミュージックとかディスコード、エモの感じも感じられて。ツアーだとそこにNITRODAYが入ってきて、彼等は音像としてはグランジだったりの匂いを感じるし、でもそこを繋げるのがbedってのが面白いなぁって。NITRODAYとNOT WONKってあんまり共通点はそんなにない気はしてて。同世代ってのはあるけど。

山口:それは自分でもちょっと思うところはあって。先週の名古屋とかも、多分俺らが出たから来た人っての結構居た気がして。NOT WONKもNITRODAYも気になってチェックしてたけど単独じゃライブ行かない、けどbedも居るなら行くかって人は結構居てくれて。で、その時初めて二組見て食らったりしてる人達何人も居たりとか。歳で言ったら俺らが圧倒的に上なんやけど。それこそNITRODAYとかは十六歳ぐらいら離れてるし。でも、全然関係ないって言うか。それで初めて見て、こんな子らが出て来てるんやってみんな感じてくれて。

大須賀:どんどん垣根が無くなっていく、そう言うのって凄い良いなって思ってて。SNSとかが普及して一億総表現者みたいになったときに、バンド自体の評価もみんな平等になったと言うか。面白い音楽がちゃんと評価されて口コミで広がるって言う、昔の感じがもっと違う規模感で起こってるのかなってのは感じて。

山口:そうやね。それこそ昔のNumber Girlみたいにドーンって行ったりするのは無いかもしれんけど、その分色んな形で色んな場所で熱は在り続けてて。その分、レーベルの大人とかはそこかしこにツバつけるみたいなのもあるんかもしれんけどね。そう言う話も聞くからさ。曽根さんが若手探してる時に話してて、大体既に声掛けられてるって。ライブハウスでお客さん十人ぐらいしか居ないバンドでも声掛けたら、ここかお話貰ってるんです、とかさ。今だったらレコ屋とかディストロがSNSでツイートとかして広がったりするやん。今はそこからてのは絶対あるよな。だから、色々意識してやってると思う、レコ屋とかも。何取り扱うかとかも含めて。でも、個人的にはそのフォーマットにハマるバンドとそうじゃないバンドとかもあんのよまた。めちゃめちゃ良くてもレコ屋とかが推しても引っかからない、もうハナっから推してくれないバンドとか。俺としてはそう言うバンドを引っ張りあげたいってのはあるかなー。レコ屋とかが推さんでも俺らは見てるで、辞めんで大丈夫やで、って。

大須賀:今の時代みんな情報量多くて音楽詳しいし、それこそ業界人みたいな話する子達も結構いて。どうなのかなって言うのはあるんですよね。

山口:そうやなぁ。業界っぽいトークをするバンドの子らは増えたもんな。あのバンドはどこどこに付いてるとか。

大須賀:『BOY』とかのきっかけでもあるんですけど、俺らなりbedなり他の誰かが新譜出しました、音楽雑誌とかでインタビューして貰います、って流れがあるじゃないですか。その時にあんまり音楽の話がされてない気がして。同世代とかどう思いますか?とか今の音楽シーンについてどう思いますか?とか。じゃなくて本当はそいつらの音楽、それについての話とかをもっとするべきじゃないかなって思うんですよね。結果として、やっぱり音楽を追求し続けてるバンドだけが突出してきてるとは思うし。それこそNITRODAYとかNOT WONKとか。そこは顕著だなって。見え方見せ方は変わったけれど、あんまりやる事と評価される事は変わってないと思うんです。一年二年で見たら早い遅いはあるけど十年とかそれぐらいで考えたら、やっぱりそいつら自体の音楽が面白くないとダメだなってのは感じてて。

山口:自分らが今身をもって、ずっと続ける事の良さを体感してるから。今の流れとかも勿論あるけど、コロッとすぐ変わったりする時も来るから。めちゃめちゃ熱狂的なお客さんが十人二十人いるってのは結構大事な事で。ポンってライブやって三百人入るってバンドより実はずっと来続けてくれる人が十人二十人いるバンドの方が俺は良いと思うなぁ。LOSTAGEなんかはそれをずっと続けて今になったし。

大須賀:そうすね。バンドにちゃんと自力がついて大きくなって、お客さんもバンドを信頼してるし、バンドもお客さんを信頼してるって言うか。

山口:そういうLOSTAGEとかGEZANみたいなバンドが居て、今面白いと思う。そういう意味では、ちょっと焦る時もあると思うねん、そんな状況でも火が点いてない自分らに。若い世代の子達とかがさ。なんかあったらすぐ掬い上げてくれる場所いっぱいあんのに、どこにも入れへんって思ってしまうかもしれんけどそんなんすぐ変わるから。辛抱強くやれよっていうか辞めたら終わりやから、と思う。

大須賀:そこに尽きる、と俺も思います。

山口:自分らが散々辞めて行く奴らを見てるからさ。地道にやって音楽やってる人らは、今みんな楽しく音楽やってると思うよ。

 

bed

村山征希(Ba)ジューシー山本(Gu,Vo)辰巳俊一(Dr)山口将司(Gu,Vo)

 

2005年7月  山口、山本、村山、長生の4人で京都にて結成。9月に初ライブ。以後ライブを軸に活動

2006年12月17日 iscollagecollectiveより1st CDEP「turn it off 」を発売

2008年4月16日 1st Album「Response」発売

2009年6月3日 3P3B Ltd. 10th ANNIVERSARY V.Aによるオムニバスアルバム「CARRY THAT WEIGHT II」に「マンデイトーキング」で参加。3P3Bの所属バンドとなる。
東名阪で行われた「CARRY THAT WEIGHT II TOUR」にも全公演帯同する。

2010年4月 京都METROにてbloodthirsty butchersと初共演。吉村秀樹氏よりライブMC、Twitterにて激賞される。当時サンプルが出来上がっていた「ON OFF」を称して、『4曲目までの流れが完璧。ただ、MIXは俺にやり直しさせろ』という熱い感想をいただく。

2010年7月7日、2ndフルアルバム「ON OFF」を3P3Bよりリリース。レコ発ツアーを東京下北沢SHELTER(w/dry river string , bahAMaba)、名古屋池下upset(w/cinema staff , qomolangma tomato)、大阪FANDANGO(w/LOSTAGE,OUTATBERO)にて開催。

2011年12月 stiffslackより7inch ”still dawn EP”を発表。500枚限定音源は瞬く間に完売した。

2012年12月8日 初となるワンマンライブを名古屋 k.d japonにて開催。圧倒的熱狂を持って迎え入れられる。

2013年12月4日 3rdフルアルバム「Indirect Memories」をリリース。確固たるバンドサウンドをものにする。全国9箇所にてレコ発ライブを実施。2月8日吉祥寺WARPでのワンマンライブは記録的な大雪の中敢行され、来場や帰宅が困難な中集まったコアなオーディエンスにより伝説的熱狂を生んだ。

2014年3月 bloodthirsty butchersのトリビュート盤「Yes,We Love butchers~Tribute to bloodthirsty butchers Night Walking~」に”ソレダケ”で参加。

2016年3月9日 4thフルアルバム「via nowhere」をリリース。全国9箇所にてレコ発ライブを実施。11月26日に京都Urbanguildにて開催されたツアーファイナルワンマンライブではゲストミュージシャンも招き、充実の演奏が繰り広げられた。

2017年7月22日 下北沢SHELTERでのライブを最後に長生が脱退。後任として元CARDのドラマーでありメンバーと旧知の仲であった辰巳俊一が加入。9月からライブ活動を再開。

2018年7月21日 辰巳加入後初となる4曲入りCDEP「right place」を自主レーベル No False Recordsよりライブ会場及びバンド通販限定でリリース。

2018年12月 蛯名氏のラブコールに応える形でDischarming manとのスプリット7インチ「mother」をstiffslackから発売。大好評を得る。

2019年2月 Discharming manとのスプリットリリースツアーを下北沢SHELTER(2マン)、名古屋HUCK FINN(w/Climb The Mind)にて敢行。大熱狂のツアーとなり、名古屋編は200人を超える集客となる。

音の強度を増し続けるライブとコンスタントな音源リリースで精力的に活動中。

 

Official Site:http://bedfromkyoto.sub.jp/official/

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